1、抗争

 平成20年(2008) 埼玉県 山口組vs住吉会

2、経過

 (1)、鈴木寛茂相談役刺殺事件(住吉会→山口組)

  ・平成20年(2008)3月31日、埼玉県八潮市で六代目山口組二代目小西一家二代目堀政連合系組織の鈴木寛茂相談役が住吉会住吉一家伊勢野会の幹部2人と、政治結社会長ら幹部4人の計6人に刺殺される。原因は、事務所開設についてトラブルがあったとか、地元の祭りで個人的なトラブルがあったなどといわれている。

 (2)、鈴木敦嗣幹部射殺事件(山口組→住吉会)

  ・平成20年(2008)4月1日、埼玉県ふじみ野市にある住吉会住吉一家三角八代目の組事務所前で、同組の鈴木敦嗣幹部が銃殺される。二代目堀政連合は伊勢野会の組員を狙ったが雲隠れしてしまったので、事務所当番明けで事務所から出てきた鈴木幹部が狙われたという。これで、六代目山口組二代目小西一家二代目堀政連合と住吉会住吉一家伊勢野会だけでなく、住吉一家三角六代目をも巻き込んだ、埼玉南東部一帯の抗争に発展した。

 (3)、和解

  ・山口組と住吉会の全面抗争になるかと緊張に包まれたが、山口組は六代目体制を発足させてから抗争厳禁を打ち出して平和共存路線を推し進めてきた。これにより、埼玉抗争もすぐに和解が成立する。和解条件は、最初に犠牲者を出したということで住吉会側から山口組側へ弔慰金を支払うということで、お金で解決する方向となった。

3、その後

 ・鈴木寛茂相談役刺殺事件で、殺人罪に問われた伊勢野会幹部は、無期懲役が確定した。他方、鈴木敦嗣幹部射殺事件では、二代目小西一家から40名以上の逮捕者をだし、さらに落合勇治組長までもが殺人の疑いで逮捕をされた。落合組長は平成29年(2017)12月に最高裁への上告が棄却され、無期懲役と3000万円の罰金刑が確定した。

4、裁判の問題点

 ・この埼玉抗争について、山平重樹氏が『サムライ: 六代目山口組直参 落合勇治の半生』(山平重樹、徳間書店、2018)で書かれていますが、ヤクザ同士の抗争よりも、その後の裁判のほうに問題の多い抗争でした。元山口組顧問弁護士の山之内幸夫氏がYoutubeの動画で裁判について解説されています。



<参考文献>

 『戦後ヤクザ抗争史』(永田哲朗、 イースト・プレス 、2011)
 『サムライ: 六代目山口組直参 落合勇治の半生』(山平重樹、徳間書店、2018)