1、一株運動
(1)、一株運動とは?
・ある企業に対しての不満を持っている者が、その企業に対して抗議ができる機会である株主総会に出席することを目的としてその会社の株を一株だけ所持し株主総会に出向くという運動。
(2)、昭和45年から昭和46年にかけての一株運動
①、意義
・この時代の一株運動は①後藤孝典弁護士が指揮したチッソの水俣病告発運動と、②小田実が指揮したベ平連の軍需産業に対する反対闘争があった。
②、ベ平連の軍需産業に対する反対闘争
・小田実は、日本の産業は政教分離を提唱しながら実際には政治と密接に結びつく軍需産業を積極的に推進しているとし、軍需産業を進めている三菱重工業・三菱電機・ベトナム戦争で特需を請け負っている日米合弁会社などを中心にこれらの会社の株を集中的に買い取り、①会社の営業・生産内容などの公開、②平和産業への質的転換を要求するために、軍需産業に関係している会社の一株買取運動もすすめ、関係会社の株主総会で発言する市民運動を行うとした。
(3)、会社側の負担
①、事務管理の負担
・昭和56年(1981)年の商法改正以前の株式は一株単位での取引が可能であった。しかし実際には一株の株式は市場に少なかったために、まとまった株を取得してこれを一株に分けてもらう手続きをする。この手続きを株式を分割するという。
・しかし、株式を分割すると会社側はその株券と引き換えに一株の株券を指定された枚数だけ印刷して株主に送付しなければならない。さらに、株主総会の時は、一株株主にも召集通知書や参考書類をその都度送付しなければならないなど事務管理が大変であった。
②、株主総会での負担
・一株株主が株主総会に乗り込んで会社の恥部をえぐり出すような攻撃的質問をしてくるので、総会を平穏に終えるためにも企業側としては排除したかった。
2、三菱重工業の第42回株主総会
(1)、意義
・昭和46年5月28日に日比谷公会堂で三菱重工業の株主総会が開催された。この時にベ平連の一株株主が殴りこみをかけてくるという情報を得、三菱重工業側は大物総会屋の嶋崎栄治に協力を要請。嶋崎は他の総会屋や右翼に協力を要請しこの殴りこみを防いだ。
(2)、経緯
①、三菱重工業側が情報を得る
・株主総会開催の前に三菱重工業側はベ平連が約1000人で株主総会に殴りこみをかけてくるという情報を得る。
②、大物総会屋嶋崎栄治に依頼
・三菱重工業側は株主として出席する者に対して警察では対処できないとして、総会屋と右翼の協力を得ることにし、大物総会屋の嶋崎栄治に依頼をした。
③、防衛隊の結成
・総会屋の嶋崎は、右翼では児玉誉士夫の児玉軍団の中核である青年思想研究会に依頼、総会屋では自身の門下生や先輩格である大物総会屋谷口勝一をはじめ東京の各大物総会屋に協力を依頼した。その結果、総会屋200人、右翼防衛隊300人を集めることに成功する。
④、株主総会当日
・ベ平連は「再軍備反対」「兵器産業を許すな」などののぼりと立ててデモ行進をしながら会場へ向かった。途中で交通規制にあって大幅に遅れて会場に到着すると、会場では防衛隊が待ち構えてベ平連の攻撃は完全に阻止された。ベ平連は二階席で「意義あり」「議長」などと連呼するのみで株主総会は終わってしまった。
<参考文献>
『総会屋の100年』(神田豊晴、リッチマインド、1991)
(1)、一株運動とは?
・ある企業に対しての不満を持っている者が、その企業に対して抗議ができる機会である株主総会に出席することを目的としてその会社の株を一株だけ所持し株主総会に出向くという運動。
(2)、昭和45年から昭和46年にかけての一株運動
①、意義
・この時代の一株運動は①後藤孝典弁護士が指揮したチッソの水俣病告発運動と、②小田実が指揮したベ平連の軍需産業に対する反対闘争があった。
②、ベ平連の軍需産業に対する反対闘争
・小田実は、日本の産業は政教分離を提唱しながら実際には政治と密接に結びつく軍需産業を積極的に推進しているとし、軍需産業を進めている三菱重工業・三菱電機・ベトナム戦争で特需を請け負っている日米合弁会社などを中心にこれらの会社の株を集中的に買い取り、①会社の営業・生産内容などの公開、②平和産業への質的転換を要求するために、軍需産業に関係している会社の一株買取運動もすすめ、関係会社の株主総会で発言する市民運動を行うとした。
(3)、会社側の負担
①、事務管理の負担
・昭和56年(1981)年の商法改正以前の株式は一株単位での取引が可能であった。しかし実際には一株の株式は市場に少なかったために、まとまった株を取得してこれを一株に分けてもらう手続きをする。この手続きを株式を分割するという。
・しかし、株式を分割すると会社側はその株券と引き換えに一株の株券を指定された枚数だけ印刷して株主に送付しなければならない。さらに、株主総会の時は、一株株主にも召集通知書や参考書類をその都度送付しなければならないなど事務管理が大変であった。
②、株主総会での負担
・一株株主が株主総会に乗り込んで会社の恥部をえぐり出すような攻撃的質問をしてくるので、総会を平穏に終えるためにも企業側としては排除したかった。
2、三菱重工業の第42回株主総会
(1)、意義
・昭和46年5月28日に日比谷公会堂で三菱重工業の株主総会が開催された。この時にベ平連の一株株主が殴りこみをかけてくるという情報を得、三菱重工業側は大物総会屋の嶋崎栄治に協力を要請。嶋崎は他の総会屋や右翼に協力を要請しこの殴りこみを防いだ。
(2)、経緯
①、三菱重工業側が情報を得る
・株主総会開催の前に三菱重工業側はベ平連が約1000人で株主総会に殴りこみをかけてくるという情報を得る。
②、大物総会屋嶋崎栄治に依頼
・三菱重工業側は株主として出席する者に対して警察では対処できないとして、総会屋と右翼の協力を得ることにし、大物総会屋の嶋崎栄治に依頼をした。
③、防衛隊の結成
・総会屋の嶋崎は、右翼では児玉誉士夫の児玉軍団の中核である青年思想研究会に依頼、総会屋では自身の門下生や先輩格である大物総会屋谷口勝一をはじめ東京の各大物総会屋に協力を依頼した。その結果、総会屋200人、右翼防衛隊300人を集めることに成功する。
④、株主総会当日
・ベ平連は「再軍備反対」「兵器産業を許すな」などののぼりと立ててデモ行進をしながら会場へ向かった。途中で交通規制にあって大幅に遅れて会場に到着すると、会場では防衛隊が待ち構えてベ平連の攻撃は完全に阻止された。ベ平連は二階席で「意義あり」「議長」などと連呼するのみで株主総会は終わってしまった。
<参考文献>
『総会屋の100年』(神田豊晴、リッチマインド、1991)