稗史

社会の片隅で生きる人達の虚実織り交ぜた物語

 ・日本部落史

日本部落史(34) 同和対策事業 同和事業の終了

1、意義

 (1)、意義

  ・国の同和事業は、平成14年(2002)の「地域改善対策特別事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」(地対財特法)の失効によって終了した。これにより、小集落地区等改良事業、進学奨励金、職業訓練のための給付金などは全廃され、一部の事業は同和地区だけを対象としない「一般対策」に切り替わった。

 (2)、運動団体

  ・同和事業の終了から2年後の平成16年(2004)、共産党系の全国部落解放運動連合会(全解連)が全国地域人権運動総連合(人権連)に改組された。部落解放同盟、全日本同和会、自由同和会はそのまま残った。

2、同和事業が終了した理由

 (1)、経済格差の解消

  ・同和事業により経済格差が解消され、同和地区内外での婚姻が行われるなど差別意識も解消した。

 (2)、誰が部落民か把握が困難

  ・人口移動や都市化によって同和地区・同和関係者に対象を限定した施策が事実上困難となった。

 (3)、予算不足

  ・バブル崩壊後の不景気によりもはや同和事業にかかる莫大な費用を負担する余裕がなくなった。

3、その後の同和対策事業

 (1)、同和事業から「一般対策」になって成功した事例

  ・同和対策事業で行われた「小集落地域等改良事業」は、平成9年(1997)に創設された同和地区を対象としない「小規模住宅地区等改良事業」へ代わった。この制度は平成16年(2004)の新潟県で発生した中越地震、平成23年(2011)に発生した東日本大震災など、被災地の復興事業に活用されるようになった。

 (2)、事実上残された同和事業

  ①、厚生労働省

   ・隣保館等に関する事業は対処を同和地区に限定しないで継続された。しかし、事実上同和施設であり続けている。

   ・ハローワークでは、同和地区住民に対して失業手当を上乗せ支給されている。

  ②、地方自治体

   ・同和地区の固定資産税を減免したり、同和地区の大学進学者へは進学奨励金が支給されたりしている地方自治体はまだ残っている。

 (3)、同和事業終了後に活発になった事業

  ①、相談事業

   ・同和事業が行われていなかった東京都墨田区では、「同和相談事業」が行われており、部落解放同盟東京都連墨田支部に委託費用が支払われている。

  ②、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育啓発推進法)」

   ・平成12年(2000)に制定された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(人権教育啓発推進法)」には同和事業の代替という性質があり、企業や学校向けの部落問題についての講演などの事業に、国費や地方自治体の予算が投じられている。

<参考文献>

『部落問題入門』(全国部落解放協議会、示現舎、2020)

日本部落史(33) 同和対策事業 同和行政の地域性

1、意義

 ・同和行政のやり方については地域によって相当異なっていた。

2、自治体による同和行政の相違

 (1)、兵庫県の運動組織抜き方式

  ・兵庫県は、行政の責任と主体性による同和行政を積極的に推進し、運動組織と行政を峻別し、行政は運動組織との交渉を一切もたず、独自に同和行政を行う方式を昭和51年(1976)年から行った。この結果、個人施策については運動団体の推薦を要せずに直接本人の申請に基づいて県が独自に行うこととなった。さらに、昭和57年(1982)の地域改善対策特別措置法の施行後、啓発・教育・雇用関係以外の融資、職業訓練などの事業は一般政策に移行させ、運動団体への補助や不動産取得税・自動車税・自動車取得税の減免、分娩費給付の個人給付事業を廃止した。

 (2)、愛媛県の同和対策協議会方式

  ・愛媛県は、昭和36年(1961)以来、部落解放同盟愛媛県連と愛媛県同和対策事業協議会の二つの組織があった。一般的に同和行政の窓口は地方自治体によって部落解放同盟であったり、全日本同和会であったり様々であったが、愛媛県は同和対策事業を一つの運動団体として取り組むこととし、官製の愛媛県同和対策協議会のみを同和行政の窓口とした。しかし、この団体は実質的には部落解放同盟の影響が強い団体であった。よって、全日本同和会が自分たちも同和行政の窓口に加えろということで、昭和60年(1985)、全日本同和会の会員約160人が街宣車で愛媛県庁前に集結し、県の担当者との会談を要求し続けたために、二日間にわたって愛媛県庁が機能停止した(愛媛県庁占拠事件)。

 (3)、和歌山県の同和委員会方式

  ・和歌山県は、昭和31年(1956)以来、知事を会長として住民団体代表など50人で構成する「同和委員会」が同和政策についての方針を決め、それに基づいて県が実施するという方式をとっていた。全国的な運動組織の代表はこの同和委員会の中には入っておらず、年に数回話し合いをする程度であった。また、運動団体に対する自治体からの特別補助金のような制度も存在していない。

 (4)、栃木県の同和対策審議会方式

  ・栃木県は、昭和52年(1977)以来、学者・職員・婦人・社会教育・行政関係者で構成する「同和対策審議会」が同和政策の基本方針を決めていた。全国的な運動組織の代表もこの同和対策審議会に入っていた。

 (5)、宮崎県の同和対策協会方式

  ・宮崎県は、昭和56年(1981)に財団法人「同和対策協会」を発足させて、「県同和問題推進協議会」の事務局として、同和問題の啓発と同和対策事業の推進にあたり、事業計画や予算の収支決算もここで行った。この同和対策協会が運動組織への委託事業費などの窓口にもなっていたが、全日本同和会県連会長との癒着による贈収賄事件で同和対策課長が逮捕されたり、住宅新築貸付資金などをめぐる問題で、県は運動組織への委託事業費を全廃し、同和対策協会は啓発機関として存続させた。

 (6)、大阪府の同和対策事業促進協議会方式

  ・大阪府は、昭和26年(1956)に同和対策事業を促進するために、財団法人「同和対策事業促進協議会」を発足させて、市町村や同和地区の代表者、学識経験者、さらには部落解放同盟・全解連・全日本同和会の関係者など40人の理事で構成して、個人給付の受給資格があるかどうかなどの審議を行った。また、昭和38年(1963)には府知事への諮問機関として「同和対策審議会」が発足して、府議会関係者、学識経験者、さらには部落解放同盟・全解連・全日本同和会の関係者など37人の委員が同和対策事業の大筋について知事に答申を行い、これに基づいて行政側が同和行政についての企画・実践をしていた。

 (7)、埼玉県の運動組織への事業委託廃止方式

  ・埼玉県は、もともと部落解放同盟一つであった運動組織が、えせ同和的な団体も含めて9団体に増えてしまったことから、県は運動組織への各種の給付や貸付事業などの委託、補助の廃止を決定した。

<参考文献>

「同和対策事業」(『日本史大事典』、内田雄造氏執筆)

日本部落史(32) 同和対策事業 地域改善対策協議会意見具申

1、地域改善対策協議会意見具申

 (1)、意義

  ・昭和57年(1982)の同和対策事業特別措置法失効に伴い、昭和35年(1960)に総理府の附属機関として設置された同和対策審議会(同対審)に代わる審議会として、地域改善対策協議会(地対協)が設置された。この地域改善対策協議会がかなり突っ込んだ意見具申を行った。

 (2)、「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」の意見具申
 
  ①、意義

   ・同和対策事業が急速に推進され被差別部落の住環境が大きく改善してくると、逆に同和対策事業にかかわって不正の問題も指摘されるようになった。平成8年(1996)に、地域改善対策協議会が「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」を意見具申した。

  ②、内容

   ・「同和地区の実態が相当改善された」とし、以下のような新たな問題が生じてきているとする。

    ア)、民間団体に追随している行政の主体性の欠如

    イ)、施策の実施が、「同和関係者」の自立、向上をはばんでいる

    ウ)、民間運動団体の「行き過ぎた言動」が「同和問題はこわい問題であり避けた方が良い」という意識を生み、さらにそれを利用してえせ同和行為が横行している

    エ)、民間運動団体の「行き過ぎた言動」が、同和問題についての自由な意見交換を阻害している

2、旧総務庁の調査

 (1)、意義

  ・平成5年(1993)に、旧総務庁は、約30年間にわたって実施された同和対策事業の効果と今後の課題を把握するために、同和地区の地区概況や生活実態、さらに同和地区への意識等の調査を行った。
 
 (2)、調査結果

  ・同和地区の劣悪な生活環境や住宅環境の整備といったハード面はかなり改善された。ただし、国民の同和問題に対する意識という点では、部落の人々に面と向かって差別的な言動は少なくなったが、依然として根深い偏見は強く残っていた。

<参考文献>

「同和対策事業」(『日本史大事典』、内田雄造氏執筆)

日本部落史(31) 同和対策事業 同和対策事業の内容

1、事業内容

 (1)、地域対策事業

  ①、国

   ア)、生活環境の改善に関する事業

    ・下水道の整備、公営住宅の建設、住宅地区改良事業などの建設関係事業で、同和事業の予算の半分を占める。

   イ)、社会福祉および公衆衛生の向上に関する事業

    ・隣保館、保育所、児童館の設置などである。さらに当時部落で流行していたトラホームと呼ばれる伝染性の眼病の予防についての予算も含まれる。

   ウ)、同和地区産業の振興に関する事業

    ・農林水産業施設の整備、企業への経営指導や資金の貸与などである。

   エ)、雇用の促進等に関する事業

    ・同和地区住民に対する職業訓練や就職支援などである。

   オ)、教育文化の向上に関する事業
  
    ・同和教育の推進や高校進学奨励金の支給などである。

   カ)、人権擁護に関する事業

    ・同和団体の育成などである。

  ②、地方自治体

   ア)、意義

    ・地方自治体の事業は、地域によって多種多様であった。

   イ)、内容

    ・大阪府では共同浴場、病院や診療所の設置を行った。その他、学校給食費の免除、学用品の支給などさまざまなことが同和事業の名目で行われた。

 (2)、個人給付事業

  ①、同和対策事業特別措置法に基づく事業

   ア)、奨学金

    ・同和地区に住む人たちの中には小さいときから子守奉公や家の手伝いなどで学校に行きたくても行けない人が多くいた。このような経済的な理由により就学や進学が困難な子ども達を対象とし高校生や大学生に対する奨学金や進学奨励金が行われた。この結果、同和地区の高校進学率は上昇していった。ただし、ほとんどの場合は返済が免除されていたので、事実上の給付金であった。

   イ)、職業訓練

    ・就職希望者に対する就職支度金制度や、職業訓練としての自動車免許の取得費用を給付する制度があった。

   ウ)、小集落地区等改良事業

    ・不良住宅数15戸以上、不良住宅率50%以上の同和地区に適用される制度で、不良住宅を撤去して区画整理等を行い、①行政が低金利で住宅の建設資金を貸し付けて住民自身が家を建てるか、②行政が「改良住宅」と呼ばれる一種の公営住宅を建てて住民に貸すかをした。昭和50年代によく行われ、この結果同和地区の住環境面は著しく改善された。さらに、小集落地区等改良事業以外にも、住宅の新築、建て替え、補修のための貸付金制度があった。

   cf.このような個人に対して給付や貸付をする制度は他にはなかったので、一般の人から「不公平だ」という不満が上がった。さらに、同和地区関係者の中には、経済的に余裕があるにもかかわらず給付や貸付をうける者もいた。

  ②、同和対策事業特別措置法に基づかない事業

   ア)、意義

    ・同和対策事業特別措置法に基づかない事業も行われた。その典型例が、固定資産税・所得税・法人税等の税金の減免措置である。

   イ)、固定資産税

    ・同和地区の土地は売買されがたいという理由で固定資産税の減免措置が取られた。

   ウ)、所得税・法人税

    ・昭和43年(1968)に部落解放大阪府企業連合会(企業連)と大阪国税局との間で、「企業連が指導し、企業連を窓口として提出される確定申告については(青白を問わず)全面的にこれを認める」「同和事業については課税対象としない」という約束がなされた。他の地域においてもこのような約束がされていたと思われる。

2、財源

 (1)、財源

  ①、意義

   ・同和対策事業特別措置法に基づく同和事業は33年間で約15兆円が投じられた。さらに、東京都など同和対策事業特別措置法に基づく同和事業ではないが事実上の同和事業を行った地域の予算が約15兆円に合算されるので、実際はもっと高額であったと思われる。

  ②、内容

   ・国の同和関係予算は、昭和44年(1969)から平成14年(2002)までで、合計約4兆2910億円である。

   ・地方自治体の同和関係予算は、昭和44年(1969)から平成5年(1993)までで、府県が約2兆8000億円、市町村が約6兆9000億円である。

   ・地方自治体の同和関係予算は、平成5年(1993)から平成14年(2002)までのデータは見つからないが、約1兆円ほどであったと思われる。

  ③、地域差

   ・同和関係予算額で突出しているのは、大阪府である。

   ・県の予算に占める同和予算の割合で突出しているのは高知県で、県予算の15%であった。

 (2)、財政措置

  ①、意義

   ・原則として同和事業の経費は、国が3分の2を補助し、地方自治体の負担は3分の1でよかった。さらにこの3分の1についても地方自治体は地方債を発行することができ、その全額を国が引き受けてくれることになっていた。同和事業は地方自治体によっては夢のような制度であったのである。
  
  ②、運用の便宜

   ・地方自治体によっては、道路工事や用水路整備など一般対策として行える事業でも同和事業として扱い、浮いた分を他の一般事業に回すといった運用もなされていた。このような意味で、同和対策事業には事実上の地方振興という意味合いもあった。

<参考文献>

『部落問題入門』(全国部落解放協議会、示現舎、2020)
「同和対策事業」(『日本史大事典』、内田雄造氏執筆)

日本部落史(30) 同和対策事業 同和地区はどこか・部落民は誰か

1、同和地区はどこか

 (1)、意義

  ・同和対策事業特別措置法は、国が「同和地区(法律上は「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」)」を指定して、その同和地区に同和対策事業を行う事とされた。なお、歴史的には被差別部落であったにもかかわらず「同和地区」と指定されなかった地区は「未指定地区」と呼ぶ。

 (2)、同和地区はどこか

  ①、同和対策事業特別措置法

   ・同和対策事業特別措置法には、同和地区指定の手続きは定められていない。

  ②、実務

   ア)、意義

    ・詳細な資料は残っていないが、市町村が、戦前に融和事業の対象となっていた部落をそのまま同和地区に指定し、それが都道府県へ、そして国へと上がっていって、国が同和地区を指定したものと思われる。

   イ)、実務

    ・戦前には融和事業が行われた地域でも、同和地区に指定されて同和事業が行われることを拒否した地域もある。

    ・江戸時代の被差別部落ではなく明治期にスラムとして形成された地域でも、同和地区に指定され同和事業が行われた地域もある。

    ・戦前に融和事業が行われた地域について、住民の増加や区画整理により集落が広がり、もともと被差別部落ではなかった地域まではみだして同和地区に指定され同和事業が行われた地域もある。

    ・戦前に融和事業が行われなかった地域について、戦後の研究で江戸時代に被差別部落であったことが明らかとなり、同和地区に指定されて同和事業が行われた地域もある。

    ・北海道、青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、東京、富山、石川、沖縄においては、まったく同和地区の指定が行われなかった。

  ③、現在の目安

   ・一般的に同和地区には「隣保館」「人権センター」があり、「二戸一」形式の公営住宅があり、「部落解放同盟」の支部がある。

2、部落民は誰か

 (1)、意義

  ・同和対策事業の事業対象者は部落民である。この部落民とは、同和地区に居住している人なのか(属地主義)、江戸時代の穢多・非人と血統を持つ人なのか(属人主義)、同和地区に居住しかつ江戸時代の穢多・非人の血統を持つ人なのか(属地属人主義)が問題となる。

 (2)、部落民は誰か

  ①、同和対策事業特別措置法

   ・同和対策事業特別措置法は、同和事業の対象は同和地区に居住している人とするので、属地主義をとっている。

  ②、部落解放同盟

   ・部落解放同盟の綱領は「部落民とは、歴史的・社会的に形成された被差別部落に現在居住しているかあるいは過去に居住していたという事実などによって、部落差別をうける可能性をもと人の総称である」とされている。つまり、過去に被差別部落に居住している人も部落民となる。

  ②、実務

   ア)、意義

    ・実務で部落民の認定は、全国的に統一されていたわけではなく、各地方自治体において、さらには部落ごとにまちまちであった。ただし一般的には、同和地区に現に住んでいて、穢多・非人等の血統を持つ人(属地属人主義)を部落民として、同和対策の対象とする場合が多かった。

   イ)、実務

    ①、行政が直接認定する方法

     ・住民基本台帳等に記載された住所が同和地区内にあるかどうかで機械的に部落民であるかどうかを判定する方法である。

    ②、運動団体に認定を委託する方法

     ・同和事業の対象になろうとする人は、部落解放同盟、全国部落解放運動連合会、全日本同和会などの支部を通して申し込む方法である。この部落民の決定権は、運動団体の力の源泉ともなった。

    ③、同和事業促進協議会が認定する方法

     ・行政とは独立した同和事業促進協議会(同促)を組織し、ここで部落民かどうかを判断方法である。ただし、同和事業促進協議会(同促)は運動団体の影響が大きい組織であった。

<参考文献>

『部落問題入門』(全国部落解放協議会、示現舎、2020)
『新・同和問題と同和団体』(高木正幸、土曜美術社、1988)


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