1、かつて力士は博徒だった

 (1)、意義

  ・江戸時代の博徒を研究されている高橋敏氏によると、力士が博徒になるケースはよくあったそうです。

 (2)、江戸時代力士から博徒になった者の具体例

  ①、保下田久六 

   ・尾張から三河・伊勢に勢力を持っていた博徒。のちに清水次郎長に斬殺された。

  ②、飯岡助五郎 

   ・下総の博徒。笹川繁蔵と対決し、関東取締出役から笹川繁蔵召し捕りを命ぜられたことから決闘を行い、後に笹川繁蔵を暗殺した。天保水滸伝で有名である。また、相撲会所から「近国近在相撲世話人」の証状をもらっている。

  ③、笹川繁蔵

   ・下総の博徒。関東取締出役から繁蔵召し捕りを命ぜられた飯岡助五郎と縄張り争いも加わって決闘を行い、後に飯岡助五郎一味のものに暗殺された。天保水滸伝で有名である。また、相撲の神様である野見宿禰の碑を建立もしている。

  ④、勢力富五郎

   ・笹川繁蔵の子分の下総の博徒。笹川繁蔵が飯岡助五郎に暗殺されたあと、残された子分と共に飯岡助五郎をねらうが果たせず、関東取締出役の大掛かりな追っ手に囲まれ、潜伏先の金比羅山(千葉県東庄町)で自殺した。天保水滸伝で有名である。

  ⑤、寺津の治助(今天狗)

   ・今津(現在の愛知県西尾市)に勢力を持っていた博徒。

  ⑥、平井の亀吉(雲風) 

   ・東海道の宿場御油宿・赤坂宿(現在の愛知県豊川市)に勢力を持っていた博徒。現在の六代目山口組十一代目平井一家の初代である。

  ⑦、一本刀土俵入

   ・実在の人物ではありませんが、歌舞伎の演目に「一本刀土俵入」があります。これも力士をやめ博徒になった駒形茂兵衛の話しです。

2、相撲教習所の紳士教育

 (1)、意義

  ・昭和32年(1957)、蔵前国技館内に相撲教習所ができます。相撲教習所ができた経緯について相撲教習所で講師を務めた和歌森太郎氏は『相撲の歴史と民俗』の中で以下のように指摘します。

 (2)、引用

  「これまでとかくすると、力士はやや博徒あるいは侠客風なところがあってその点が愛されもしたけれども、洗練された紳士たちには、相撲をどうもなじみがたいものにさせてもいたのである。このような傾向を粛正して、力士も人間として紳士らしく振舞わなければならないことを強調したのは常陸山であった。礼節のやかましい部屋の生活、一般人に対する所作に折り目正しいものを持つようになったのは、すべてこの常陸山以来であったといってよい。」

 (3)、紳士教育

  ・力士は江戸時代以来の博徒侠客風な人が多いので、相撲教習所で紳士にしようということが相撲教習所の目的でした。しかし、その後の大相撲史を振り返ってみても、常陸山谷右エ門以来の思いはなかなかかなわなかったようです。

3、大相撲野球賭博問題

 (1)、意義

  ・平成22年(2010)、現役の大相撲力士、年寄などによる野球賭博への関与が発覚しました。


 (2)、内容

  ・当事者の貴闘力によりますと、「1割はバックで取られるわけ。100万円張ったとしたら1割を取られて90万円でくるわけ。直接じゃなくて中継みたいな人がいて、中継の人は反社じゃなくてお相撲さんあがりの人間とかね、働いてる中で小遣いを稼ごうと思ってやってる子が多いから、そういうのでみんな遊んでたの。それをどっかで聞きつけたヤツがいて、そんなことしてたら週刊誌に売るぞという形になったときにはじめて野球賭博が公になったの。野球賭博してた仲間が40人くらいいたの。どうしようどうしよう言っていて、じゃあ警察に相談した方がいいよねっていう話になって警察に相談したら、警察のヤツも出世したいじゃない。それを全部週刊新潮に売っちゃった」ということだそうです。

4、令和の違法賭博問題

 (1)、経緯

  ・令和3年(2021)7月30日と8月11日に、幕内英乃海と十両紫雷が埼玉県草加市の違法賭博店で違法スロットをやっていたことが同年12月に発覚しました。両力士は令和4年(2022)の初場所は師匠の木瀬親方の判断で休場することになりました。

 (2)、処分

  ・令和4年(2022)1月27日、日本相撲協会は英乃海を出場停止1場所と2ヶ月の報酬減額20%、紫雷をけん責という処分を発表しました。

 (3)、他の力士との比較

  ①、意義

   ・英乃海と紫雷への処分は他の力士と比較すると異常に軽いものになりました。

  ②、比較

   阿炎 協会のコロナガイドラインに違反しキャバクラ+協会に虚偽報告 3場所出場停止+5ヶ月50%の報酬減額

   竜電 協会のコロナガイドラインに違反し愛人と逢瀬 3場所出場停止

   朝乃山 協会のコロナガイドラインに違反しキャバクラ+協会に虚偽報告 6場所出場停止+6ヶ月50%の報酬減額
  
   貴源治 大麻使用 解雇

 (4)、なぜ処分が軽いのか?

  ①、日本相撲協会の説明

   ・日本相撲協会は処分が軽い理由を、①2回しか行っておらず常習性がない、②10万円以下で低額、③初場所休場しており社会的制裁を受けている、からとします。

  ②、貴賢神(元貴源治)のツイッター

   ・大麻使用で解雇になった貴賢神(元貴源治)はTwitterで、「人間殆ど貴乃花親方の味方だった人達。今の上の奴らの一門や部屋の奴らは法律犯しても解雇にならないんやなw 俺の時コンプラ委員会の奴らが法律に触れてるからとか言ってたけど今回のは触れてなかったのかな~ 流石です 相撲協会」とつぶやきました。処分が軽いのは木瀬部屋が出羽海一門だからであり、他方、貴乃花親方の味方をした過去がある親方の部屋の力士は処分が重くなる傾向があるそうです。
  
  ③、その他ネットの反応

   ・その他ネットでは、日大出身の力士には甘いとか、他の力士が違法賭博をやっていたことを公言しないかわりに処分を軽くしてもらったという説などが言われています。歴史的に考えれば力士は博徒の系譜なので親方衆も違法賭博をやっていた方も多いでしょうから、厳しく処分するのは心苦しかったのかもしれません。

5、まとめ

 ・ヤクザと大相撲の関係が問われることがありますが、かつて力士は博徒でした。博徒も力士も一瞬の勝負に人生を賭けるもの。親方のなかには勝負勘を養うためにむしろ博奕を奨励する人もいます。現在でも博奕好きの力士は多く、特に稀勢の里、豊ノ島、豪栄道、琴奨菊などガチンコ力士が博奕にハマるケースは多いそうです。豊ノ島はせっかく取得した「錦島」の年寄名跡を博奕のせいで手放したともいわれています。現在の力士は野球賭博、「バッタ」という花札賭博を行っているようですが、時代に合わせるためにも、公営ギャンブルやパチンコでガマンしないといけませんね。

  cf.貴闘力さんが力士はなぜ博打が好きなのかを語っています。


<参考文献>

 『清水次郎長――幕末維新と博徒の世界』(高橋敏、岩波書店、2010)
 『和歌森太郎著作集 (15)相撲の歴史と民俗』(和歌森太郎、弘文堂、1982)
 『大相撲の不思議』(内館牧子、潮出版社、2018)
 「暴力団、八百長、突然の引退……元妻が明かす“天才横綱”輪島大士の壮絶な真実」(武田頼政、文春オンライン、2019)
 「稀勢の里 博打後「ハア、600万負けた」と語ったとの証言」(週刊ポスト、2011年4月15日号)
 「違法賭博の英乃海は3月場所出場OK なぜ外出禁止違反の方が重罰? 朝乃山は「力士の生命を脅かしたかも」」(中日スポーツ20220127)
 歌舞伎 on the web 歌舞伎演目案内「一本刀土俵入」(20220128)