1、神戸山口組の結成

 (1)、意義

  ・平成27年(2015)8月27日、直系組長13人が六代目山口組を離脱して、神戸山口組を結成した。構成員は約3000人(離脱後の六代目山口組は約7000人)で、本拠地は兵庫県淡路市の侠友会本部に置かれた。

 (2)、人事

  ・組長に四代目山健組組長・井上邦雄氏、若頭に侠道会会長・寺岡修氏、若頭補佐に二代目黒誠会会長・ 剣政和氏と織田絆誠氏、副組長に二代目宅見組組長・入江禎氏、総本部長に正木組組長・正木年男氏、本部長に毛利組組長・毛利善長氏、舎弟頭に池田組組長・池田孝志氏、舎弟に二代目松下組組長・岡本久男氏と二代目西脇組組長・宮下和美氏、顧問に奥浦組組長・奥浦清司氏、若中に四代目真鍋組組長・池田幸治氏と雄成会会長・高橋久男氏と大志会会長・清崎達也氏という布陣となった。

2、抗争の特徴

 (1)、法律の規制の強化

  ・山一抗争時と比べると、相次ぐ暴対法の改正と使用者責任規定の新設、組織犯罪処罰法の新設、刑法の共謀共同正犯のヤクザへの適用強化など、法律の規制が断然に厳しくなった。よって、物理的な暴力ではなく経済戦になることが予想された。六代目山口組時代に総本部長で「金庫番」であった入江氏が握る金の流れのデータによって六代目山口組組長・司忍氏が脱税で検挙されるのではないか、山口組総本部の土地を所有している株式会社山輝の株式を持つ神戸山口組の組長達が、株主権を行使して山口組総本部を使用できなくするのではないか、他方神戸山口組については、平成25年(2013)に京都市で消費者金融を営む男性が失踪じた事件で神戸山口組幹部が逮捕されるのではないかといったような憶測が飛び交った。

 (2)、「逆盃」

   ・山一抗争時、一和会へ移った組長たちは、四代目山口組組長・竹中正久氏の盃を受けていなかった。しかし、神戸山口組へ移った組長たちは、司氏の盃を受けていた。ヤクザの世界で「逆盃」をした組織は、他組織から認めてもられない。よって井上氏と兄弟分の浪川睦会会長・浪川政浩氏、九代目酒梅組組長・吉村光男氏、さらに山健組傘下の健竜会で井上氏の先代にあたる山本一廣氏と兄弟分でその後も親しく付き合っていた住吉会幸平一家十三代目総長・加藤英幸氏、寺岡氏と兄弟分の三代目侠道会会長・池澤望氏との縁から他組織との関係を構築していった。

3、分裂時の懸念

 (1)、山健組の派閥問題

  ①、意義

   ・分裂前、池田孝志(池田組)氏は「花隈(注山健組)は一つにまとまっとんか」「まとまってなかったら、我々は花隈にもたれていかんと無理や。花隈がまとまっとらんかったら、あかん。イーさん(注井上邦雄氏)、ちゃんとまとめてくれてんのか」と懸念したという。また、分裂直後も六代目山口組直参組長は「跡目を譲りたくても、派閥争いが激しくてできない。井上さんだからみんなついてきているが、他の幹部が跡目になれば盃を飲まないヤツが出てくる。盃がなくなったらバラバラになるから、井上さんは四代目を降りられず、神戸山口組の組長と兼任している」と山健組の派閥問題を見透かしていた。実際、全国を回って示威行動をしていた織田氏に対して、「織田がいる以上、俺たちは動かない」と言う山健組幹部も結構いたという。

  ②、補足

   ・平成30年(2018)度の太田興業納会の動画で、山健組出身の神戸山口組太田興業会長・太田守正氏は「今の太田興業が和気あいあいで、いい雰囲気で、今日まで来ていると思います。誰がそしり合うことなく、よその所の組でも大きくなっていくと派閥とかいろんなのがあるんですよね。今の太田興業に関しては今私が見る限りではそういうことが一切ないし、みな和気あいあいでほんまに私もありがたく思っております」と発言されていますが、長く山健組の派閥抗争を見てきたからなのでしょう。


 (2)、二代目宅見組の謎

  ①、意義

   ・山健組が出身母体の中野会が宅見組組長・宅見勝氏を射殺した。さらに、『悲憤』によると中野会に宅見氏射殺を命じたのは、山健組が出身母体の五代目山口組組長・渡辺芳則氏であるという。一方、六代目山口組組長・司氏は、二代目宅見組組長・入江氏に目をかけ、ナンバー3の総本部長まで引き上げた。警察も入江氏は「六代目体制と運命共同体」と分析しており、二代目宅見組が神戸山口組へ移籍したことは、驚きをもって受け止められた。

  ②、経緯

   ・池田幸治(真鍋組)氏によると、池田孝志(池田組)氏が分裂計画に参加する条件として、入江氏が計画に乗ることを求めた。慎重な性格の入江氏への説得は、井上氏、寺岡氏、剣氏、池田幸治(真鍋組)氏があたった。最終的に入江氏は、「本当に山口組のためやな。若いもんの未来のためやな」と計画に乗ることを決意した。最初は入江氏を神輿に担ごうとしたが、入江氏は井上氏を担ごうと主張し、井上氏は「わかりました。お受けします。ただし最初の五年間は入江の舎弟頭の言うた通りにします」と約した。

 (3)、寺岡氏がいる問題

  ①、意義

   ・寺岡氏は、献身的に組織に尽くし、また若い衆を大切にすることからヤクザとしての評価が高かった。分裂前も警察から「若頭補佐クラスで根性ありそうなのは寺岡修くらいだろう。他の補佐クラスはどうってことない」と評され、六代目山口組若頭・髙山清司氏からも「寺岡は人たらし、気をつけよ」と警戒されていた。分裂時に六代目山口組幹部は神戸山口組メンバーに寺岡氏がいたことについて「これは六代目側にとって大きな損失だ」と嘆いたという。

  ②、寺岡氏の献身

   ・寺岡氏は、損と分かっていながらも自身が率いる俠友会の淡路島にある本部建物を神戸山口組本部に提供した。その後、本部の使用差し止めの仮処分が神戸地裁により出されると、神戸市内の中心部に新たな本部事務所を用意した。この時に、虚偽登記をしたということで電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで逮捕もされている。また、神戸山口組の直参が逮捕起訴されると、こまめに拘置所を訪問して面会して励ましていた。

4、六代目山口組の対応

 (1)、絶縁破門

  ・六代目山口組執行部は、井上、寺岡、入江、池田孝志、正木各組長を絶縁、剣、池田幸治、宮下、岡本、毛利、奥浦、高橋、清崎各組長を破門の処分を下した。

 (2)、正統性のアピール

  ①、歴史的正統性

   ・六代目山口組は、神戸山口組の出現に対して、自らの正統性をアピールした。歴史的な正統性としては、先人組長のお墓参りをしたり、安東美樹氏率いる二代目柴田会を二代目竹中組と改称し、四代目山口組組長・竹中正久氏の出身母体である竹中組を復活させたりした。

  ②、他組織からの承認

   ・神戸山口組の初会合には、住吉会幸平一家十三代目総長・加藤英幸氏が訪問したのに対して、六代目山口組の会合には、稲川会の幹部が総勢15名で、住吉会会長・関功氏を含む幹部が十数名で訪問をした。

5、「脱税」vs「失踪事件」

 (1)、「脱税」(神戸山口組→六代目山口組)

  ①、意義

   ア)、福岡方式

    ・福岡県警は、平成27年(2015)6月に所得税法違反容疑で工藤會総裁・野村悟氏を逮捕した。ヤクザ組織は自治会などと同じく「任意団体」であり、税法上「任意団体」の運営のために集められた会費は非課税とされるので、ヤクザ組織の上納金も非課税とされてきた。しかし、工藤會の場合は、上納金の入出金記録についての詳細なメモが発見され、これによって上納金のいくらが野村氏個人に渡り、その中のいくらが野村氏の「個人所得」と認定できるのかを明らかにすることができたので、野村氏の逮捕へとつながった。

   イ)、脱税で告発

    ・六代目山口組時代、入江氏は総務全般と取り仕切る「総本部長」、毛利氏は「総本部事務局長」、剣氏は「事務局次長」であり、六代目山口組の財務状況に精通していた。よって、六代目山口組の金の流れを熟知したこれらの面々によって、司氏が脱税で告発されるのではないかという噂が流れた。

  ②、「脱税」で告発されず

   ・結局、司氏は脱税で告発されなかった。その最大の理由は国税庁であった。国税庁は「脱税=所得税法違反の立件は国税当局の縄張りである」という意識が強く、工藤會を福岡県警が所得税法違反で捜索したときも、国税庁は警察庁に猛反発をした。この時に警察庁は国税庁との間で「警察が主体となった脱税捜査は今回限り」という合意が形成されており、警察が脱税で動くことは困難な状態であった。

 (2)、「失踪事件」(六代目山口組→神戸山口組)

  ①、京都金融会社社長失踪事件

   ・平成25年(2013)3月末、京都で不動産会社「鳳産業」や、消費者金融会社「鳳」を経営している70代の男性が行方不明となった。平成26年(2014)に京都府警は、京都の裏社会では有名な金融業者と山健組の企業舎弟を事情を知っているとして逮捕したが、結局分からずじまいで終わった。

  ②、弘道会のタレコミ

   ・山口組分裂後、この事件に関する情報が弘道会関係者から京都府警に頻繁に寄せられるようになった。弘道会はこの事件を京都府警に捜査させて、山健組を崩壊させようという戦略であった。

  ③、「失踪事件」で逮捕されず

   ・京都府警は、平成29年(2017)11月に「鳳」経営者の男性と借金のトラブルになっていた織田氏の自宅と二代目織田興業事務所を家宅捜索し、さらに翌平成30年(2018)12月には長野県内の産業廃棄物処分場も家宅捜索したが、結局織田氏が逮捕されることはなかった。

<参考文献>

『山口組 分裂抗争の全内幕』(西岡研介他、宝島社、2016)
『山口組三国志 織田絆誠という男』(溝口敦、講談社、2017)
『悲憤』(中野太郎、宮崎学、講談社、2018)
「社長不明で産廃処分場を捜索 京都府警、監禁致死容疑」(産経WEST20181208)
「消費者金融社長、4年前から行方不明に 京都府警が逮捕監禁容疑で暴力団事務所など捜索」(産経WEST20171111)
「神戸山口組に最後まで残った寺岡修若頭、献身と誤算と忍耐の晩節」(柳沢十三、実話文化タブー、20201127)
「溝口敦が斬る 山口組内乱の実相」(溝口敦、WEDGE Infinity. 20150907)
「「銃声なき抗争」分裂山口組繰り広げられる暗闘の真相(1)総本部「乗っ取り情報」」(産経新聞20151103)